「赤屋敷殺人事件」(A.A.ミルン)

ギリンガムこそ、あの金田一耕助のモデルだった!

「赤屋敷殺人事件」
(A.A.ミルン/横溝正史訳)論創社

「赤屋敷殺人事件」論創社

友人を訪ねて赤い館を訪れた
ギリンガムは、
鍵のかかった扉を叩く
ケイレイと遭遇する。
銃声が聞こえたというのだ。
窓から室内へ入った二人は、
そこに死体を発見する。
それは赤い館の主・マークの
ならず者の兄・ロバートだった…。

先週取り上げた「赤い館の秘密」と
同じ粗筋を載せました。
なぜなら同一作品の邦訳だからです。
こちらは何と横溝正史訳。
横溝正史は創作だけでなく、
初期の頃は多くの海外作品を翻訳し、
日本の読者に紹介していたのです。

【主要登場人物】
マーク・アブレット
…赤い館の主。兄を毛嫌いしている。
ロバート・アブレット
…マークの兄。ならず者。
 オーストラリアから帰国し、
 赤い館にやってくる。
マディユ・ケイレイ
…マークの従弟。
 マークに学費を出資してもらった。
メイヂャー・ランボルト
…赤い館客人。陸軍少佐。
カレイディン夫人
…赤い館客人。
ベッティー・カレイディン
…カレイディン夫人の娘。
ルス・ノリス
…赤い館客人。女優。
スティヴンス夫人
…赤い館料理人兼家政婦。
オードレイ・スティヴンス
…スティヴンス夫人の姪。
 赤い館客室係。
エルシー
…赤い館ハウスメイド
アンヂェリヤ・ノーバリイ
…マークが求婚していた女性。
ノーバリイ夫人
…アンヂェリヤの母親。未亡人。
バーチ刑事
…事件を担当した刑事。
ビル・ビヴァーレイ
…赤い館客人。
アントニー・ギリンガム
…ビヴァーレイの友人。
 素人探偵を試みる。

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タイトルの微妙な違いについては
本書の解説で紹介されています。
前回の山田順子訳では原書タイトルが
「The red house mystery」ですので、
「赤い館の秘密」で間違いありません。
ところが横溝は
本作品が雑誌掲載されたときのタイトル
「The red house murder」を
覚えていて、
それを忠実に訳したのだそうです
(それが事実であることが
確認されている)。

そして、山田訳と比較して、
文章量が少なくなっています。
横溝訳は完全な「翻訳」ではなく「抄訳」、
しかも原文を
自身の言葉に直している部分が多く、
いわゆる「超訳」
(一度直訳調で訳したものを、
日本の読み手に対応させて
さらになめらかな日本文に書き換えた、
もしくは自身の言葉に置き換えた)と
いうべきものです。
現代の「翻訳」の概念からすると
「アウト」なのですが、
横溝が自身の感性を大切にして
日本語に置き換えたなら、
それは貴重な作品となり得ます。
当時の乱歩、
そしてそれ以前の黒岩涙香などは
もっと大胆に
「翻案」していたのですから、
これはこれで海外作品の紹介の
一つの方法だったわけです。

さて、注目すべきは、
本作品のアントニーギリンガムこそが
金田一耕助
モデルだということなのです。
確かに金田一のデビュー作
「本陣殺人事件」には
次のような記述が見つかります。
「この青年(金田一のこと)は
 飄々乎たるその風貌から、
 どこかアントニー・ギリンガム君に
 似ていはしまいか」
そして
「私のもっとも愛読する
 イギリスの作家、
 A・A・ミルンという人の書いた
 探偵小説「赤屋敷の殺人」に出て来る
 主人公。
 即ち素人探偵なのである」

続くのです。

このギリンガムと金田一、
似ているのかどうか、
判断に迷うのですが、
横溝が参考にしたのは
「偉ぶらない人柄」なのではないかと
思うのです。
ポーのデュパンもドイルのホームズも、
どこか自分の思考力もしくは観察眼を
ことさら自慢げに
語る場面が見られます。
ギリンガムは
決してそうではありません。
事件を解決し、
名声を得ようとしていないのです
(生業にしようとしてはいる)。
犯人の立場を尊重し、
配慮しているのですから。
その一点だけが共通点だと思われます。

横溝が本作品を訳したのは
昭和7年のことです。
そして金田一耕助の誕生となった
「本陣殺人事件」が昭和21年、
金田一耕助が横溝の頭脳の中で
探偵像として輪郭を現すまで、
実に14年の時間が必要となったのです。
金田一耕助作品の源流を遡れば、
本作品へと行き着くのです。

本書は昨年末12月28日、
横溝の命日に刊行されています。
さすが論創社、
横溝正史生誕120年&没後40年を
締めくくる、
素晴らしい企画といえます。
横溝ファンは
ぜひ手元に置いておくべき一冊です。

〔関連記事:A.A.ミルンの作品〕

〔関連記事:金田一耕助〕

(2023.1.13)

Christian SによるPixabayからの画像
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